諦観ブログ日記

ー Que Será, Será(ケセラセラ)ー

夏鳥(ツバメ)と冬鳥(ツグミ)との対面距離が、意味するもの?

お題「わたしの癒やし」

お題「リラックス法」

お題「ささやかな幸せ」

お題「気分転換」

 

 今日は晴れ。

 

 今回からのお題は「わたしの癒し」ということである。その癒しが与えられるものの一つに、ありのままに生きる(Live  as  it  is)ことが挙げられようか。例えば、身近な自然に触れ、自然に親しむこと、すなわち、「花鳥風月」を楽しむことである。

 というのも、組織に縛られた人間関係(錯綜かつ煩わしい)から解き放たれ、しばしの間、自然を楽しむという「個人的趣向」が満喫できる。

 そのことにより、「リラックスでき、又、「気分転換にもなり、さらには、「ささやかな幸せを感じられる効果が得られるのである。そしてそれらも、今回からのお題に挙げられている。

 まぁ~、ある意味、今回のコロナ禍による自宅待機は、そのチャンスでもあろうか。「自宅待機」と言え、まさか、四六時中の「引きこもり」を指すわけでもないだろう?

 

 幸いにも、「おいどん」の住む自宅は、部屋の窓から外の田んぼの様子が見え、自然に親しむのに最適である。そのため、「花鳥風月」を身近に楽しめる。

 今朝も、「ツバメ」と「ツグミ」が相対峙しているのを目撃した。おもしろいことには、渡り鳥である「夏鳥」と「冬鳥」が同じ場所にいたのである。

 

 その様子は、次の写真(4枚)のとおりである。

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(「ツバメ」と「ツグミ」とのにらみ合いの様相か!)

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 (「ツバメ」と「ツグミ」との双方共が、注意を少し逸らしているよう!)

 

 上掲の写真を見ると、「ツバメ」や「ツグミ」の双方共に、お互いを意識しているように見える。そして、その様子を観察していると、あわや、喧嘩勃発かとも感じられた次第である。(-_-;)

 ところが、両者の距離は写真にあるような状態を保ったまま、しばらくの間、相対峙していた。おそらく、その距離は2メートルぐらいあったように思う。

 

 2メートル間隔と言えば、確か、新型コロナウイルス感染防止のために、2メートル、人と人との距離を取るべしとの話があった。ソーシャルディスタンス(他者との距離)の話である。

「他者との距離」どう取る? 2メートル前後を義務化、罰金も―各国・新型コロナ:時事ドットコム


 そうすると、「ツバメ」や「ツグミ」は、そういう「ソーシャルディスタンス」を知った上で、双方、相対峙していたのだろうか(そんなことはないだろう。)?(*‘ω‘ *)

 結局のところ、次の写真(1枚)にあるように、「ツバメ」は土を食い、「ツグミ」は上方を気にして顔を上げるばかりで、双方が喧嘩することはなかった。 

 

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 それにしても、これまで「ツグミ」を観察してつらつら思うのに、この鳥は平和主義者であろう。と言うのも、「ヒバリ」「ハクセキレイ」「スズメ」「ムクドリ」が傍によって来た場合に、諍いを起こしているのを見たことがない。そればかりか、「ムクドリ」が傍に寄って来た場合には、自ら、居場所を変更しているのである。

 

 このことについて、負けん気の強い「ケリ」とは大違いなのであろう。「ケリ」は、しばしば「ツグミ」や「ヒバリ」、果ては「アオサギ」さえも、追っ払っているようである。

「稲刈り後の田んぼ」の野鳥たち(バード・ウォッチング)! - 「余所(ヨソ)事でない」ブログ日記

 しかし、「ツグミ」も、仲間内ではそうでないような、あるような状況を目撃している。これは、ひょっとすると、仲間内で、じゃれあっているのかも知れない。

 ちょうど、学校内の子供同士のじゃれ合いか、又は、本当のいじめみたいなの(学校内の子供の場合、実際はいじめが多いはず。)か?(-_-)

 

 最後に、本日夜明け前に撮影した、「月」の写真(1枚)を掲載して、記事を終えたい(昨日が月齢上の「下弦の月」だったが、曇りのため撮影できなかった。)

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