今日は、曇りのち晴れ。
秋らしく涼しい時節になったのか?しかし、日中は少し暑い。
今夜、月齢上の「満月」が撮影できるだろうか、雲のかかり具合が心配である。
作夜の9月13日(金)は、「中秋の名月」が眺められた日だった。
次の記事を拝見して、そのことに思いを馳せたものである。最近は、「お月見」に関する伝統的風習は、余りニュースとして盛んに取り上げられていないよう?
「令和の里」名月照らす 太宰府天満宮|【西日本新聞ニュース】
列島照らす中秋の名月 ラグビーW杯会場も:話題のニュース:中日新聞(CHUNICHI Web)
そのことより、むしろ今は、台風15号による、千葉県内に於ける停電等被害の復旧難航報道が肝心であり、とても、「お月見」気分になれないのであろう。
それにしても、台風災害当初、NHKを除く大手メディアは、安倍内閣の組閣報道ばかり、しかもその中でも、いやというほどの小泉進次郎環境相就任の件を取り沙汰報道した。そのためか、台風15号の災害は大したことないと思ったほどであった。
ところが、とんでもない大災害であったことに、違和感満載であった。
また、森田健作知事は、しきりに「想定外の災害」を強調していた。この言葉は、東電の原発事故にも多用され、いかにも責任がないかのような響きがしたものである。責任者や管理者が安易に使用すべきでない言葉のような気がする。
千葉県 森田知事「大きな反省材料に」被害把握など対応遅れに | NHKニュース
森田・千葉県知事「想定外の災害だった」…初動対応不十分の認識 : 国内 : ニュース : 読売新聞オンライン
3連休前にいまだ“復旧格差”…千葉の大停電 ボランティアの注意点は?(FNN.jpプライムオンライン) - Yahoo!ニュース
千葉の電柱倒壊・損傷2000本 台風15号被害、経産省試算(産経新聞) - Yahoo!ニュース
そのような深刻とも言うべき災害報道はさておき、当方の住む地域では災害がなく、かつ幸いにも、昨夜午後9時頃に、「中秋の名月」の写真撮影ができた。というのも、天候は晴れであったものの、多少の雲が出たりしていて、難しいかなと心配したからである。
現に、本日の午前5時、6時頃は、空一面に雲が拡がっていて、月も星も見えなかった。
次の写真❶が「中秋の名月」である。南の方向の夜空にて撮影した。
そして、次の写真❷は、本日(14日)午後8時40分頃、南東の夜空にて撮影した月齢上の「満月」である。当初、南の方向の空ばっかり気にかけていたところ、「満月」を見つけられなかった。
上記❶と❷とで、満月の形に違いが見つけられるだろうか?敢えて言えば、左上方部分が少し欠けているようにも思えるが、分からない誤差の範囲だろうか?
上記❶の写真を見ると、「中秋の名月」って、必ずしも「満月」というのではなく、月齢上の満月は、本日の14日(土)となっているとのことである。しかも、今夜は、満月が今年最も小さく見える日で、比較的遠くて小さい月とのことである。しかし、見た目は、他と比べても大きいか小さいかは分からないようである。
この月は、どう見ても、満月に見えるんだが!確かに、スーパームーンと比べれば、明らかに小さいものの!(^'^)
中秋の名月は、別名「芋名月」又は「十五夜」(旧暦の8月15日)とも呼ばれている。江戸時代に、この日がお月見の風習として盛んになったとのことである。
お月見の由来等に関しては、次の記事に詳しく触れられている。
お月見 中秋の名月とは?由来や意味は?だんごやススキなどお供えの意味も教えて! | Today's Trend News
それら上記記事の中で、「上流階級では美しい月を愛でる宴が行われていたが、その後、農作物の収穫祭と合わさり、民間人が、豊作の証としてお供え物をして、中秋の名月を観賞し、農作物の収穫に感謝するとともに、祈りを先祖に捧げる」旨の件に注目している。
これらの点について、現代社会には似つかわしくない様相を呈していそうか。なぜなら、現代社会は、そのような本来的意味の風習が廃れそうな状況(例えば、田んぼを潰し分譲宅地転換化への促進政策等)にあるからである。
また、昔は童謡として、大正9年(1920年)に発表された「作詞/野口雨情、作曲/本居長世」の「十五夜お月さん」の有名な曲がよく歌われ、それがラジオ等から流されていた。
詩の中身は悲しすぎる曲であろう!しかし、昨今は巷などから聞かれなくなった。
その理由として、ジャスラックの音楽著作権料の徹底かつ強行徴収という締め付けを気にして、街の商店街の小さな店舗から音楽が消えたことも一因になっているのだろう?
その証拠としては、次の「珈琲豆焙煎屋店主」さんのブログ記事の自粛話があろうか。音楽は好きだけど、店では曲を流せない状況であるということである。
青春のフォークソング - 昭和生まれの高齢者です。年金だけでは食べて行けないので働いています
なお、本居長世は、現・東京芸大出身で助教授時代、野口雨情とタッグを組んで、これを作曲したよう。
野口雨情 ・・『十五夜お月さん』・・ 詩情の世界 ( 邦楽 ) - 懐かしのポップス全集 - Yahoo!ブログ
ところで、以前の日本社会には、上流階級(上級国民)でもなく、又、農家とも関係のない一般庶民まで、全国つづうらうらと、お月見鑑賞(観月)の風習が浸透していたようであった。そのことについて、それは、どういうメカニズムが働いていたのであろうか?
社会学的見地から鑑みるに、おそらく、「村社会のメカニズム」に起因していることと関連がありそうか。今でも、他人と同じことをしないと、つまはじきにされるという「村八分」の風習の威力が残存していることも一つの理由として挙げられよう?
今回、職場内無視(職場の村八分)が厚労省策定のパワハラ類型の一つに掲げられたのも、そのようなことが「組織社会」に蔓延し、職場メカニズムとして常態化していたことへの証拠であろう。
言わば、「お宅がお月見をするのなら、当方もお月見をしないと世間体の風が悪い」と、似たような行動様式である。
なぜ彼らは"仲間外れ"にされたのか? 大分で起こった現代の「村八分」被害者たちは語る (2019年4月11日) - エキサイトニュース
村八分やばすぎ!引越ししてはいけないブラック市町村まとめ - 引越しハック
我慢しないで!職場のモラハラ。無視、いやがらせ、執拗な叱責… - NAVER まとめ
そんな息苦しい世の中にあって心和ますのに、「中秋の名月」観賞会は、縛られる社会や会社等組織の下で、ストレスを解放させてくれる機能があるものと思えようか。美しい月を観賞するぐらい、上流階級(上級国民)でなくとも、又、農家でなくとも、一般庶民にでも楽しめる小さな風流が味わえる安息の一時としての価値を有している。
「中秋の名月」の鑑賞は、大人にとって、月見団子等のお供えをするというより、家族・友人等の団らんとして、「つまみ」を食しながら「お猪口のちょい酒飲み」か、又、女性や子供にとって「お茶する」気分であろうほどに楽しい娯楽となろう。(^.^)
最後に、「月」にまつわる、好みの名曲を取り上げたい。
まず、CDシングル盤として当方が所有している、「水沢瑤子」さんが歌っていた「月の涙」(作詞・作曲/沢村大和。トーラスレコード株式会社、1,000円。1994年)が挙げられる。この曲は、恋人(連れ添い)の死を悼む歌である。味わい深い曲である。
その他、「月」にまつわる名曲として、何かないかとユーチューブをググってみた。けれども、なかなか見つからない。(-_-)
そのため、駄洒落となり、又はお笑い?にもなろう「ギャグネタ」から考えてみた。(*'ω'*)
そして、「中秋の名月」に匹敵する「大月」の名前を持つ歌手に着目し、「大月」名の歌手のヒット曲をググった。(^-^;
すると、「大月みやこ」さんと言う演歌歌手の大御所がいて、彼女には、次のようなヒット曲の演歌があることが判った。曲の感じは大変良い。
❶「愛にゆれて」(作詞/荒木とよひさ、作曲/幸耕平。1994年)
愛にゆれて 大月みやこ 46 UPL-0045 - YouTube
❷「花宴(はなまつり)」(作詞/水木れいじ、作曲/浜圭介。1989年)
花 宴 大月みやこ 45 UPL-0044 - YouTube
❸「乱れ花」(作詞/松本礼児、作曲/幸耕平。1988年)
以上、この件の駄洒落について、「それはないだろう」と言えそうな、はてブ市民からのご批判やお叱りを受けるやも知れない。しかし、所期する相応しい目的の作品がほとんど見つからない場合は、他愛無くも、このように駄洒落としてひねって、記事ネタ披露に執着するしかない。
どうか、ご容赦を!
(追記1)
9月16日、晴れ。
「敬老の日」の月(午後8時30分頃、東南方向にて撮影。右側上部が少し欠け、クレータが見えている。)
(追記2)
9月17日、晴れ。
午後9時頃、東南方向にて撮影。月が明らかに欠けてきているのが分かろう。
(追記3)
9月18日、晴れ。
午後9時過ぎ、南方向にて撮影。満月だったのが、半月近くにまで欠けてきた。
(追記4)
9月19日、晴れ。
午後11時頃に、南方にて撮影。その時刻まで、月は見えなかった。ほぼ半月になっている。