諦観ブログ日記

ー Que Será, Será(ケセラセラ)ー

音楽教科書掲載の「花の街」一部歌詞の是正

お題「わたしの癒やし」

 

 今日は曇りのち晴れ。

 

 今日昼下がり、チェジュ航空機を目撃した。

 その様子は次の写真(3枚)のとおりである。

 それにしてもこのところ、なぜかチェジュ航空機を目撃する機会が多いような気もする。

 

 さて今回は、これまで再三取り上げて来た音楽教科書掲載の「花の街」(作詞/江間章子、作曲/團伊玖磨。1947年)の話である。

 ネット上では、次の過去記事にも書いたようにその一部歌詞について、いずれが正解なのかを巡って議論があった。

桜の花と昭和の歌声(花の街) - 諦観ブログ日記(3月31日)

 

 その一部歌詞とは、1番の歌詞「春よ春よと」or「歌いながら」と、3番の歌詞「(泣いていたよ 街の窓で」or「(泣いていたよ)街の角で」である。

https://www.youtube.com/watch?v=DcjpaYdsoZQ

 この問題については、最近敬愛して止まない「AI」先生から、次のようなご教示を受けた。

 

 結論から言うと、1番は「歌いながら」、3番は「(泣いていたよ街の角で」が正解であった。

https://www.youtube.com/watch?v=fK44wCzMilA

https://www.youtube.com/watch?v=Onq_K_Nqs70

 

 その理由を簡単に述べると、以下のような大人の諸事情があったのである。

 それを一言、二言で言うと、❶作曲者による歌詞1番の無断改変と、❷NHK側による歌詞3番の誤植(JASRAC等登録)である。それも、その後作詞者は原詩と違うのに気付きながらも、長い間その間違いを容認して来た経緯等があったのである。

 

(経緯)

 ➀1946年原詩創作⇨ ②1947年作詞・作曲発表⇨ ➂1970年代音楽教科書に掲載⇨ ➃1987年作詞者はエッセイで世間に合わせて「街の窓で」と著述⇨ ⑤1988年本来の詩への修正「街の角で」・再確認の動き(江間章子歌曲集作成)⇨ ⑥1996年の音楽教科書出版に際し、本来の詩であった「歌いながら」&「街の角で」と修正、JASRACにも登録。

 

(大人の事情)

 ➀ 作曲者(東京音楽学校選科教官)がメロディのフレーズや言葉の響きを優先し、作詞者に無断で歌詞1番の「歌いながら」を「はるよはるよと」と書き換えた。また、NHK側も「街の角で」を「街の窓で」と誤植した。そして、これがラジオ放送を通じて浸透し、初期の音楽教科書や楽譜に掲載された。

 ② 当初、江間章子さんはこの間違いに拘っていなかったそうである。その後、その間違いを指摘すれど、当分の間それを容認していたようである。

 

 (雑感)

 江間章子さんは原詩の扱いをNHK側に一切委ねていたため、当初は原詩の改変や誤植について知らずにいた。

 その後知るようになるも、当初この改変等に拘らなかったのは、NHKの全国放送でこの詞が定着していたため異を唱えることが難しくなっていたこともあったように推察される。

 さらには、当時の男尊女卑思想の名残りもあり、方や、天下の「NHK」や、こなた、恐れ多き男爵系譜の「東京音楽学校(現・東京芸大)教官」に、是正を申し上げることはできなかったであろう。

 そして、1996年の音楽教科書出版を機会に、ようやく本来の詩に改められたのである。それは、詩の創作から50年目にしてのことであった。

 それにしても多くの人は、そんな事情ともつゆ知らずに従来の間違った歌詞のままで、唄っていそうである。

https://www.youtube.com/watch?v=2B1ixKup0QE

 

(資料  ー Google AI モードからの一部抜粋/引用)