諦観ブログ日記

ー Que Será, Será(ケセラセラ)ー

名作映画「白い巨塔」の魅力を紐解く

お題「わたしの癒やし」

今週のお題「名作」

 

 今日は快晴。

 

 今朝は「カワラヒワ」、今夕は「ヒヨドリ」が、近くの電線に止まっているのを目撃した。

 その様子は次の写真(計4枚)のとおりである。

 

 さて、今週のお題は「名作」とのことであるが、なんてたって、1966年に大映株式会社が製作した、映画「白い巨塔」が挙げられよう。

 それは、主演/田宮二郎、監督/山本薩夫、制作/永田雅一、原作/山崎豊子サンデー毎日連載・新潮社版、である。

大映4K映画祭 「Road to the Masterpieces」上映『白い巨塔』予告篇 - YouTube

 

 この「白い巨塔」は、その後、テレビドラマとして6度も取り上げられ、その内、韓国ドラマにも1度取り上げられた名作である。

 その中でも、田宮二郎主演の映画は、悪の強さが全面に出て、国立大学医学部の助教授から教授へと、自らの努力で出世を勝ち取って行く様は、凄まじいものがある。

 

 ではなぜ、主人公「財前五郎」は、陰謀等を巡らしてまで出世したかったのであろうか?

 本来なら、医者としての実力は誰もが十分過ぎるほど認めており、そのままであれば、教授昇進はスムーズに行くものであった。しかし、問題は彼が実力を過信するあまり傲岸不遜になり、上司である東教授の了解を取ることなく自分勝手に物事を取り計らうことである。例えば、教授の許可がないのに、手術室を雑誌社に撮影させたこと。

 

 このようなこと等もあり、退官間近な東教授にとって、自己の後任教授に財前助教授を押すことを渋っている。いや、それだけでなく、後任教授を母校の東都大学東京大学)の後輩教授に推薦依頼しさえした。

 財前助教授はこのことを知り、そのため、主人公と上司である東教授との軋轢が決定的となる。そして、財前助教授は、学部長や義父が副会長をしている大阪府医師会に助力を依頼することになる。

 

 そもそも、主人公は岡山県の片田舎の教師の息子であったが、父はなくなり、決して裕福でない母子家庭で、浪速大学大阪大学)に入学した。それも、周囲の篤志家の援助があったからである。その後、金に糸目を付けない裕福な産婦人科医院の娘婿になった。

 さらに、主人公も述べているように、国立大学医学部での教授の地位は「殿様」、助教授は「足軽」、医局員は「足軽」というように、教授になるかならないかは「月と鼈」の違いであった。

 それだけに、教授昇進への執着は凄まじいものがあったのである。

 

 教授になるか否かは教授会の投票で決められるものであるが、その候補者選定過程で、新潟大学金沢大学洛北大学京都大学or京都府立大学)、九州大学和歌山県立医科大学奈良県立医科大学徳島大学千葉大大阪市立大学の各大学名が出たのは、面白い。

 

 この小説が書かれた1966年頃に存在した大学の医学部は、❶明治から昭和初期設立の旧七帝大(東大、阪大等)、❷戦前の1921年~25年設立の旧六医大(金沢、岡山、千葉等)と京都府立大学、❸戦後設立の新八医大鳥取大学徳島大学広島大学等)、和歌山県立医科大学奈良県立医科大学大阪市立大学であった。

 その後、1970年代に「1県1医科大」の下、島根医科大学等も創設された。

 

 結局のところ、教授選考候補者は、浪速大学財前助教授、徳島大学葛西教授(浪速大学前任の助教)、金沢大学菊川教授(東教授推薦依頼)の3人に絞られた。

 そして、一回目の投票では決着が付かず、二回目投票で2人に絞られて、財前助教授が菊川教授に16票対14票の差で、教授指名を受けることになった。 

 しかしその最中に、財前助教授の誤診により患者の遺族から訴訟を起こされたもののの、誤診に関し、同部下の口止め等が成功して、第一審勝訴(棄却の判決)を勝ち取ったのである。

 

 他方で、その誤診の可能性を指摘して再検査を要求した、同僚の里見第一内科助教授は、山陰大学鳥取大学)の教授を命じられたが、これを拒否して浪速大学を去ったのである。

 このことは、「真実を言った人間が左遷され、誤診をした人間が大学に残る」との不条理を、白い巨塔として例えているようである。

 このことは又、昨今問題になっている「パワハラ被害者が左遷又は職を解かれ、他方で、パワハラ加害者が大出世する」との不条理に、少し似たところがありそうか?(-_-;)

北海道大学、3年間も准教授を一人で「追い出し部屋」 ビジネスジャーナル

 

 ところで、この主人公のモデルは千葉大学中山恒明(こうめい)氏のようである。食道癌の世界的権威者。

 彼は山梨県の医師の家庭に生まれ、新潟高校・千葉医科大学を卒業した。36歳で生え抜きの外科教授となった。それまで、千葉医科大学は東大の植民地と揶揄され、主任教授がすべて東大出であった。

 

 最後に、南米ブラジルの女性歌手「Lilian Knappリリアン・ナップ)」が歌唱している、次の5曲を紹介して本記事を終える。歌唱の

 ❶ 「Gaivota」(カモメ。1982年)

https://www.youtube.com/watch?v=xboV15Ft8DQ

https://www.youtube.com/watch?v=Vou-mDt3Ipk

https://www.youtube.com/watch?v=6H2eW5vDVCE

 ❷ 「Vai Voltar」(戻ってきます。1978年)

https://www.youtube.com/watch?v=XTv3y-H2dnI

https://www.youtube.com/watch?v=E_T4kBsyUWs

https://www.youtube.com/watch?v=0cmA8VbP70U

 ❸ 「Soy Rebelde」(邦題/あまのじゃく。1978年)

https://www.youtube.com/watch?v=idIK_VWreAk

 ❹ 「Amor Inconstante」(1978年)

https://www.youtube.com/watch?v=11PekiX3gJI

 ❺ 「Esta Noite」(1980年)

https://www.youtube.com/watch?v=bLdW-7XlU6o