今日は雨。

(今朝撮影のバラ)
はじめに
外国にも類似例があり、映画界では「子役は大成しない」と言われているが、そうでないケースも散見される(以下、敬称略)。
今回紹介したいケースは、戦前・戦後の大女優「高峰秀子」と、1960年代日本映画界に一大旋風を巻き起こしていた日活の看板女優「吉永小百合」である。
「高峰秀子」の主演代表作の一つに、松竹映画「二十四の瞳」(監督/木下惠介。1954年 https://www.youtube.com/watch?v=gKxr41437x4)がある。
また、「吉永小百合」には、日活映画「キューポラのある街」(監督/浦山桐郎。1962年 https://www.youtube.com/watch?v=VNdulzWO99g)がある。
高峰秀子
高峰秀子が子役として映画出演したのは、出身地の北海道・函館市から東京へ引っ越した5歳の時であった。その後大ヒット作を連発し、天才子役としての名声をほしいままにした。1924年3月27日生まれ。愛称は「デコちゃん」である。
やがて、「秀子(ヒデコ)」の名を冠したアイドル映画「秀子の応援団」「秀子の車掌さん」が制作され、その売れっ子ぶりは天をも突くかのようであった。
その中の1941年9月17日公開の南旺映画「秀子の車掌さん」は、監督が成瀬巳喜男、高峰秀子17歳時の主演作品である(https://www.youtube.com/watch?v=IhLDOulz7fg、https://www.youtube.com/watch?v=cV9RsmKtQDg)。
この戦前映画は、文豪「井伏鱒二」作の短編小説「おこまさん」を映画化した作品(サブロジーの日々是ずく出し 井伏鱒二作『おこまさん』を読む)であった。
この映画は「バス・ガイド」の走り(※1)とも言われており、また、エンディングが主人公が車掌解雇の憂き目になっていることも知らず、バス・ガイドとして夢見て走るバスの遠ざかる様子が、それらのギャップの大きさを醸し出している。
奇しくも、何と、この映画公開後3か月足らずで太平洋戦争(1941年12月8日)が勃発するのである。この戦争がもたらした悲惨さは、その後「高峰秀子」が主演した映画「二十四の瞳」にも、如何なく表現・描写(教え子や身内の戦死による悲しみの涙、涙、涙の連続)されている。
高峰秀子は、戦後の1951年日本初の記念すべき総天然色映画「カルメン故郷に帰る」に出演し、また、1955年東宝映画「浮雲」や1957年松竹映画「喜びも悲しみも幾年月」(※2)等で、女優主演賞を受賞した。
そんな中でもとりわけ、1954年松竹映画「二十四の瞳」でブルーリボン賞主演女優賞を受賞したのは、名女優としての地位を確固たるものにした証となっている。
まさに、日本映画界史屈指の大女優であった。
※1 「東京のバスガール」(歌唱/コロンビア・ローズ、作詞/丘灯至夫、作曲/上原げんと。1957年/昭和32年)のフレーズ「ビルの町から 山の手へ」「発車オーライ」は有名(https://www.youtube.com/watch?v=AaaySdVCpFc)。
この歌は、1958年歌謡映画としても公開されている(東京のバスガール | 映画 | 日活、https://www.youtube.com/watch?v=ea7_zcKXNI4)。
※2 同主題歌「喜びも悲しみも幾年月」(歌唱/若山彰、作詞・作曲・編曲/木下忠司。1957年)も、映画同様に大ヒットした。
https://www.youtube.com/watch?v=TM5NTHGhzsE
https://www.youtube.com/watch?v=sSUTkRYO3IY
吉永小百合
吉永小百合は、1945年3月13日生まれの東京都渋谷区出身(81歳)である。
小学6年生の12歳の時に1957年1月ラジオドラマ「赤銅鈴之助」で声優デヴュー、1957年10月TBSテレビの同ドラマに子役として出演。1959年のテレビドラマ「まぼろし探偵」にも出演している。
その後、17歳の1962年日活映画「キューポラのある街」に主演して、翌年ブルーリボン主演女優賞を受賞した。最年少での受賞であった。吉永小百合は、この映画の大成功により大女優への一歩を踏み始めたと言えよう。
名作映画「キューポラのある街」から! - 諦観ブログ日記(2025年6月9日)
映画「未成年 続・キューポラのある街」について - 諦観ブログ日記(同年8月13日)
そして、「青い山脈」「いつでも夢を」「伊豆の踊子」等々の映画にも主演し、世のおじさんたちに「サユリスト」現象を巻き起こし(※3)、国民的人気女優として今日に至っている。
1962年~1965年の日活映画/吉永小百合主演4作品(メモ) - 諦観ブログ日記
(2026年2月4日)
※3 その他、「サユリスト」に似た現象として、女優・栗原小巻(81)の「コマキスト」や、女優・酒井和歌子(77)の「ワカキスト」も世のおじさんたちを魅了したようである。ただ、ブルーリボン主演女優賞を受賞してはいない。
おわりに
これまで述べて来たとおり、子役出身で大女優である「高峰秀子」&「吉永小百合」には、「子役出身に大女優・名優無しのジンクス」は通用していない。つまり、子役でも大成しているのである。
しかし、子役が身体的に成長するにつれ元来持ち合わせていた可愛さ、人間関係や演技等に変化が生じ(進路変更含む)て、大女優・名優への道が閉ざされる場合もあろう。その意味でジンクスは立ちはだかっている。
そんな障壁があるといえ、本人の努力では如何ともし難い元来の美貌やスタイルの持続は勿論のこと、ただそれのみならず、俳優業に徹し女優としてどれだけ演技に研鑽を積み重ねて来たかが一番肝心である。
この点について、高峰秀子&吉永小百合はそのすべての条件を満たす大女優・名優である。ジンクスは、あくまでもジンクスに過ぎない。
芸能レポーター語る“子役は大成しない”ジンクスの分岐点 | カナロコ by 神奈川新聞
最後に、10歳で歌手デビューした演歌歌手「小林幸子」が歌唱している、次の「茨の木」(作詞・作曲/さだまさし、編曲/井上正。2012年)を紹介して、本記事を終える(小林幸子 10歳でのデビュー秘話 - スポニチ Sponichi Annex )。