諦観ブログ日記

ー Que Será, Será(ケセラセラ)ー

作曲家・米山正夫の一回想:森の水車

お題「わたしの癒やし」

 

 昨日は曇り。今日は雨。

 

(6月17日撮影のべトジェットエア機)

(6月23日朝撮影のチェジュ航空機)

(6月23日朝撮影の日航機)

 

 1941年12月8日、大日本帝国海軍はハワイ・オアフ島にある米海軍基地を奇襲(真珠湾)攻撃した。日米開戦の始まりである。その日米開戦は、当日の朝ラジオの臨時ニュースで国民に知らされた。

 そして、皇居前広場では「進め!1億火の玉だ」等の垂れ幕が下がり、人々の「万歳!」の歓喜が沸き上がった。

 この時、ラジオからしばしば流されたのが「軍艦行進曲」(作詞/烏山啓、作曲/瀬戸口藤吉。1900年)であったそうである。 https://www.youtube.com/watch?v=QcXzFCX-Pb https://www.youtube.com/watch?v=s6ZrQ73zxdw

 

 そんな戦争真っ只中の翌年(昭和17年)に発表されたのが、童謡「森の水車(作詞/清水みのる、作曲/米山正夫。1942年9月)であった。

https://www.youtube.com/watch?v=6F9c_Wlk0nE&t=99s

https://www.youtube.com/watch?v=cOfwSkD0lVs

 しかし、レコード発売から4か月後、戦争気分にそぐわないとして発禁処分を受けてしまった。

 

 太平洋戦争が1945年(昭和20年)8月15日に終わった後、この曲は1951年(昭和26年、歌唱/荒井恵子)NHKラジオ歌謡で唄われることによって、国民への人気度が次第に高まって行った。さらに、中学の音楽教科書に掲載されたりもした。

 

 それにしても、この曲を聴くと、その一部がどこかの国の曲に似ていそうである。

 それは、ドイツサロン音楽の小品「Die Mühle im Shwarzward(邦題/森の水車、原題/黒い森の水車、作曲/リヒャルト・アイレンベルク。1885年)である。

https://www.youtube.com/watch?v=ud5Nf7tqSkM

https://www.youtube.com/watch?v=PpAfFviQtJk

https://www.youtube.com/watch?v=9ILnVNNTgjs

 

 米山正夫作曲の「森の水車」の似ている一部はどこかと言うと、前奏と間奏部分である。この点については、かって作曲者自身の話として、「前奏と間奏にメロディを拝借(引用)している」と回想している。

https://www.worldfolksong.com/songbook/japan/morinosuisha.htm

 なるほど、前奏と間奏部分を引用していたから似ていたのか。ただし、曲本体は似ていない。

 なお、米山正夫作曲のその他のヒットラジオ歌謡として、「山小屋の灯」(作詞・作曲/米山正夫。1942年)もある(https://www.youtube.com/watch?v=78ePShpsrlo)。