昨日は晴れのち曇り。今日は曇りのち雨。



(以上、今朝撮影のナデシコ、アマガエル&バラ)
昨日は旧暦・二十四節気上の「夏至」(一年で一番昼が長い日)であった。5月5日が「立夏」であったので、この頃から夏が始まって本格的な夏に至ったのである。
「歳時記」(一年の季節ごとの年中行事・自然現象をまとめた書物)の季節区分では、夏が新暦5月~7月頃となっている(※1)。
「夏」と言えば、戦後大流行したラジオ歌謡「夏の思い出」(作詞/江間章子、作曲/中田喜直。1949年 ※2)がある。音楽教科書にも掲載され中学校時代に歌っていた名曲である(https://www.youtube.com/watch?v=P4y3hiZfx5E)。
https://www.youtube.com/watch?v=nop5rE7Zr5c
この「夏の思い出」は、詩人の「江間章子」さんがNHKから「夢と希望のある歌」作りの依頼を受けて出来上がった作品である。
この歌は一言でいえば、尾瀬(※3)の自然の素晴らしさ、とりわけ水芭蕉の花の美しさを賛美し懐かしむ作品となっている。
「江間章子」さんは、子供の頃に八幡平の岩手山麓で見た「白い水芭蕉の花」と、5~6月頃疎開先での尾瀬の入口(群馬県利根郡片品村の戸倉)で見た「白い水芭蕉の花」とをダブらせて、「夏の思い出」を創作したそうである(※4)。 https://www.city.hachimantai.lg.jp/uploaded/attachment/21066.pdf
片品村役場ホームページ、https://oze-fnd.or.jp/ozb/learning/d15/
今回の作詞に対して、ちょうど唱歌「この道」や「花の街」のように、当時新進気鋭であった作曲家の「中田喜直」さんが手を加えて、一部改変したいう話は聞かれない。
なお、「中田喜直」さんも尾瀬には行ったことがなかったそうである。
それにしても、当時の尾瀬は植物学者、地質学者やごく一部の登山者だけが行くことはあっても、一般の登山者や観光客が行くことのなかった高層湿原であった。
ところが、この「夏の思い出」が大ヒット(レコード累計売上は約300万枚と推定)し、全国的に尾瀬の名が知られてからは一大景勝地として持て囃されることになった。
これもひとえに、江間章子さんの多大な功績と言うしかない。
このため、❶群馬県利根郡片品村鎌田407梅田屋旅館前と、❷福島県南会津郡桧枝岐村左通124-6ミニ尾瀬公園(https://monument.sakura.ne.jp/file/natsunoomoide.html)に、歌碑が建立されている。
https://www.yamakei-online.com/yk/oze/
https://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/doyobook/doyo00nakata.htm
※1 その他の季節区分は、新年(元日、正月行事等)、春(新暦2月~4月頃)、秋(新暦8月~10月頃)、冬(新暦11月~1月頃)である。
※2 SNS上、この夏の思い出を「唱歌」としているものがある。この点、唱歌とは文部省歌を言い戦前から終戦(1941年)までのもので、戦後のものは唱歌と言えない(https://www.ytv.co.jp/michiura_time/contents/202305/yo4dlkf26pxs5spu.html)とし、この歌をラジオ歌謡と言うそうである。
しかしせめて、文部省(文科省)検定の、小中学校の義務教育で使用される音楽教科書掲載曲については、一般的に「唱歌」と言っても良さそうに思うが、如何であろう?
※3 尾瀬は群馬県、福島県、新潟県&栃木県の4県に跨る高地にある、盆地状の本州最大規模の高層湿原である。歌の舞台は尾瀬ヶ原。春のミズバショウ、夏のニッコウキスゲ、秋のエゾリンドウ、等々の花が有名。
※4 そのため、江間さん自身は尾瀬に行ったことがなく、又水芭蕉は春の5~6月に咲く花で夏には咲かないのに、夏の思い出として水芭蕉の花が登場するのは可笑しいのでないかとのクレームもあったそうである。というのも、夏に尾瀬へと行ったら水芭蕉の花が咲いていなかったから。
これに対して、江間さんは「歳時記」で言う「夏」を言っているとのことであった。また、江間さんが尾瀬へ行ったこともないことに不信がられたようである。この点、詩の創作とはそんなもので、実体験しなければ作詞ができないということでもなかろう。