昨日は晴れ時々曇り、一時雨。今日は晴れ。
昨夜は4月の満月「ピンクムーン」を眺めることができた。ただ、昨日の午前11時12分が正真正銘の満月であったので、ほぼ満月状態であった。

https://tenki.jp/forecaster/t_yoshida/2026/04/02/38394.html
今朝は、好天も霞がかかったような空で、真っ青ではなかった。いよいよ桜シーズンのためか、遠方の山には桜が咲いているのが見えた。

はじめに
愛唱歌に「浜辺の歌」がある。1913年(大正2年)「林古渓」が作曲用に書いていた作曲用試作詩「はまべ」(全文ひらがな文字)に、1916年頃秋田県出身の「成田為三」が作曲した唱歌である(1918年「浜辺の歌」として改題出版、1947年中学教科書に掲載)。※1
https://www.youtube.com/watch?v=E0bZi7ylJJo(台湾・奇美管弦楽団)
https://www.youtube.com/watch?v=gFSO9I8zbgE(辻堂駅発車メロディ)
https://www.youtube.com/watch?v=9sLQ-4muGqQ(秋田内陸戦米内沢駅列車到着メロディ)

(YouTube/noboru1947‐3より引用)
※1 浜辺は「湘南(辻堂)海岸の浜辺」を想定か。林古渓は1875年生まれ、東京・千代田区神田出身。哲学館(現・東洋大)卒。73歳で亡くなる。


https://www.youtube.com/watch?v=ql3LDBire7U(渡邊秀夫氏「浜辺の歌」発祥地辻堂東海岸)
成田為三は1893年生まれ、秋田県北秋田市出身。東京専門学校(現・東京芸大)卒。51歳で亡くなる。北秋田市では「浜辺の歌音楽祭」が開催されている。


「浜辺の歌」のインスパイア―原曲は
この名曲は、ワルツ王「ヨハン・シュトラウス2世」作曲の「芸術家の生涯」の一部のメロディにそっくりと言われている(芸術家の生涯 ヨハン・シュトラウス2世)。
https://www.youtube.com/watch?v=4M13xT6RFQY(録音の1分58分から)
https://www.youtube.com/watch?v=Nw6eFYtpo9s(録音の2分から)
確かに、この曲を聴くと似ているように思えるが、意識しないと分からない。思うに、「浜辺の歌」の核心部分は第3小楽章にあり、この程度の類似では例え大作曲家の曲の発想を一部借用していたとしても、問題ないように思う。

この「浜辺の歌」は、「あした浜辺を さまよえば」から始まる典型的な「二部形式」の曲である。特に、第3小楽節目の冒頭「風の音よ 雲のさまよ」の「サビ」(ブリッジ)部分は素晴らしい。
難解な歌詞等
ところで、「浜辺の歌」については、歌詞3番の意味が難解だと言われている。というのもそれもそのはず、原詩には3番と4番の歌詞があったのが、なぜか原詩3番の前半と4番後半とがくっつけられて、3番だけが公開されていたからである。
この点、作詞家は意味が通らないためか、歌詞3番の公開を好まなかったそうである。そこで当分の間、歌詞1番、2番だけが公開されていたようである。
そのため、歌の解釈(※2)についても様々な見解が取り沙汰されている。
では、歌の解釈の手掛かりに重要となる、歌詞2番の当該箇所と歌詞3番を見てみる。
(歌詞2番中の解釈上問題となる箇所)
昔の人ぞ 忍ばるる
(歌詞3番)
はやち(疾風)たちまち 波を吹き 赤裳のすそぞ ぬれひじし(※3)
病みし 我は すべていえ(癒え)て 浜の真砂(まさご) まなご いまは(※3)
※2 歌詞難解用語メモ もとおる(徘徊する)、昔の人(愛おしい人or我が子)。かげ(ひかり)、はやち(突風)、たちまち(急に)、赤裳(赤い着物)、ひじし(びっしょり濡れた)、真砂(細かい砂)、まなご(細かい砂、愛しい人or我が子)
※3 原詩作成後に「ぬれひじし」を「ぬれもせじ」に改訂。「すべて」は「すでに」にとの歌詞例もあるが、「すでに」が正しく「すべて」は誤記のようである。「いまは」の解釈としては、異論もあるが、「いまは、どうしているのであろう?」が素直でないだろうか。
結局のところ、「浜辺の歌」の趣旨は❶「我が子を案じる歌」か、❷「失恋の歌」か、それとも❸「身内(姪)の病いを案じる歌」の、いずれかということである。
歌詞趣旨等の諸説について
(1) まず、歌の解釈として問題にしたいのは、歌の主人公が女性か男性かである。
それは、「赤裳のすそぞ ぬれひじし」と「まなごいまは」の語彙からである。赤い服を着た女主人公が浜辺を彷徨いながら、亡くなったor他人にもらわれていった最愛の子(まなご)のことを忍んでいる歌でないかということである。
しかし、歌詞3番の「我は」、同2番の「昔の人ぞ」と、作詞者が女性であれば別だが、作詞者「林古渓」は紛うことのない男性詩人であるからして、歌の主人公は男性と考えるべきであろう。
この場合、「まなご」の意味は「愛おしい人」ということになろう。ただし、この詩の場合の「我は」は女性言葉の「わらわ」がなまって使用されたものと考えて、女性でも然るべきだとする珍説もあるかも知れないが、一般的ではない。
よって、歌の主人公は男性である。
(2)次に問題にするのは、「昔の人」は男主人公の「我が子(愛娘)」、「愛人」、「恋人」、「恋人未満」or「姪」である。
この点、一般的に別れた結核患者だった「恋人」と言われているが、同じ結核患者であった「姪っ子」でないかとの有力説もある。それも作詞者自身が、何度か病気見舞いに行っているようである。「愛娘」説は少ないようか?
もし、「姪」であれば、「まなごいまは」の解釈として、「愛する子供」は今どうしているのだろうという意味になる。亡くなった姪を忍ぶということも考えられなくはないが、当時姪は存命中であったそうである。
なお、作詞者に愛娘がいたかどうか不明なので、「姪」と同様に考えることにする。
してみると、病気療養中の恋人又は姪っ子(or愛娘)のところに病気見舞いに行って、一緒に歩いた朝な夕なの浜辺での出来事を思い出として懐かしんでいると解することになる。
(3) さらにその次の問題は、作詞家自身が結核患者の恋人(or姪/愛娘)のところへ病気見舞いに行っただけなのか、それとも、恋人(or姪/愛娘)が同じ結核患者であった作詞家のもとへ病気見舞いに来てくれた時の歌なのかである。
この点、解説論者の多くは、作詞家が恋人(or姪)のところへ病気見舞いに行っ時のことだけにしか触れていないが、その違いによって歌の趣旨に影響を及ぼす問題でもない。
(4) 最後に突飛なような問題となるのは、歌の主人公が作曲者の成田為三でないかという点である。
それは、作曲者の成田為三のラブレター相手が東京音楽学校の後輩「倉辻正子」であった(※4)ので、歌詞3番の「まなご」は「正子」でないかということである。 つまり、「浜辺の真砂よ、愛おしい正子さんはいまどうしているだろうか?」という解釈である。
しかし、作詞はすでに出来上がっていたのであるから、3番の歌詞を誰かがいじくったとしても、むりやりにこじつけようとしているふうにも思える。
確かに、「浜辺の歌」は作詞家の意向を無視して改訂されていることから、出版社が成田為三の片思いの心境等を斟酌し作曲者の心情に託け、歌詞3番、4番をごちゃまぜにした作詞で、彼の片思いを具現化すべく取り計らった可能性も無きにしも非ず。
※4 倉辻正子はすでに結婚予定の相手「矢田部勁吉」(のち東京芸大教授)がいるからとして、成田為三からの「浜辺の歌」に付記されたラブレターを拒否したそうである。
そうすると、原詩の思いは「恋人(or姪)」であったのが、この詩を受け取った作曲者の思いは「恋人未満の後輩」への片思いを原詩に重ね合わせたのかも知れない。つまり、作詞者の思いと作曲者の思いには乖離があるということである。
なお、「愛人説」は面白おかしくする全く根も葉もない珍説のように思われる。
(5) 結論として、林古渓(男性)が恋人(or姪)のところへ病気見舞いに訪れた際、神奈川県湘南(土堂)海岸の浜辺を、林古渓と恋人(or姪)が一緒に散策した時の懐かしさを思い出にして歌った曲と考えたい。つまり、「病も癒えたが、それにしてもいま、別れた恋人(or 今もなお、病気療養中の姪っ子)はどうしているのだろう?」ということである。
この点、恋人でなく姪との説も有力であるが、姪であれば再会するのも困難でなく、別れた恋人であれば永遠の別れに近いものがあって、歌の切々さもよりリアルに伝わってこる。つまり、「浜辺の歌」の曲から切々とリアルに伝わってくる詩情は、病気療養中の姪っ子の思いだけでは彷彿とさせられないということである。
おわりに
本記事は、心に残る「愛唱歌3選」について (^.^) - 諦観ブログ日記(2019年3月15日)の過去記事を一部抜粋追加等の大幅編集してリライトしたものである。
最初の記事から7年も過ぎているが、まさにこれが正解という解説はできない。ただ今回で気づいたことは、「浜辺の歌」に寄せる作詞者の思いと、作曲者の思いとに多少の乖離があるのではないかということである。
つまり、作詞者は愛おしい身内(姪)の病気を案じて、作曲者は片思いの心情を託した詩になっているということである。ただこの点についての視点解説が見つからない。それは、おそらく文学的視点と音楽的視点との融合(俯瞰的視点)がはかられていないのでないかと推察される。
思うに、日本の著名な歌手に留まらず、世界各国の超有名な歌手にまで歌唱されてきた名曲であることから、名曲あっての詩であるのは明らかであり、この原詩に託した作曲者の思いを最重要視したいものである。
加えて、2025年7月8日天皇陛下のモンゴル訪問での晩餐会でも「浜辺の歌」が演奏されていること(https://www.youtube.com/watch?v=45DKNg1bLrM)からも、余計にそう思いたい。
いずれにしろ、桜の花と昭和の歌声 - 諦観ブログ日記(2026年3月31日)にも書いたように、これが絶対正解というものはなさそうである。ただし、この場合は作詞者の思いを最重要視すべきとしたが、今回は作曲者の思いを最重要視すべきとし、まちまちなところもあるが、こうなると人それぞれということになろうか。
つまり、この場合は作詞者の思い、この場合は作曲者の思いと、ケースバイケースにして考えるのである。
(主な参考資料)