諦観ブログ日記

ー Que Será, Será(ケセラセラ)ー

埋没されてはならない「公益に資する名言3選」について

 昨日は一日中小雨。今日は曇りのち晴れと、秋特有のうすら寒い季節が続くこの頃である。

 今日も昼頃、一昨日に記事にした「イタチっち」がフェンスの下で、ちらっと蠢くのが見えたが、そのまま姿を消した。

 今回は、ちょっと堅苦しいが、気に留めたネット情報記事からの「名言3選」を、取り上げて見たい。

 

1「私は財産ゼロで終えます」

 福岡市の会社創業者である「中本博雄(80)」さんの名言である。

 最近は、このようなご仁徳な言葉は聞かれない。

 西日本新聞が、最初に、いわば特ダネ記事として取上げ、紹介したもので、「お金至上主義」が支配する今の世の中にあっては、不釣り合いな言葉であろう。

 だからこそ、何かしら、古き良き時代の面影が彷彿と湧き上がり、感動を覚えさせられる。

九州大学に5億円を寄付した男性「私は財産ゼロで終えます」 - ライブドアニュース

貧しくて諦めた九大に5億円寄付 独学で特許得た80歳:朝日新聞デジタル

https://www.sankei.com/life/news/180824/lif1808240034-n1.html

 これに対し、アメリカの大富豪(ザッカーバーグビル・ゲイツ等)には、相続税等対策としての節税もさることながら、それ以上に、キリスト教精神に根差した「寄付をすることが神に愛されること」との文化があるとのことである。

寄付の文化① 米国人富豪が莫大な寄付をするわけ | Historiai

 日本にはこのようなキリスト教の寄付精神はないよう?であり、多くは相続税等対策のように思われる。

 そうだとしても、まさか、「財産ゼロで終える」ことは有り得ないことだろう。だからこそ、心に響く言葉なのである。

 昨今、税金の無駄遣いが指摘されることが多い中、中本さんは、自己の過去の果たしえなかった九州大学進学の夢を、優秀な学生に役立たせてもらう崇高な願いから寄付をなしたのだ。

 まさに、そのことが、真に公益に資する名言となって表出して来たのであろう。

 

2「言論の自由のない裁判官に、言論の自由についての裁判ができるのか」

 著名ジャーナリスト「江川紹子」さんの投稿記事の名文句である。

 何が名言なのか?

 それは、極めて論理的な言葉であり、裁判官は憲法及び法律に拘束される以外何事からも自由であるからこそ、良い裁判ができるのであるということを表すもの。

 いわば憲法76条3項の「裁判官の独立」を、別の表現態様で言い代えた言葉でもあろう。

 ここにおいて、「言論の自由がなくても、言論の自由についての裁判はできる」ということは可能なのか?という命題が、問題となる。

 東京高裁の岡口基一裁判官に対する「分限戒告事件」において、最高裁は、「裁判官にも表現の自由はある」が、犬に関するTweet投稿内容が行き過ぎとし、当事者の感情を害したと判断して、戒告処分にした(14人全員の裁判官に異論なし)。

 そこからは、前記命題が否定されよう。そうすると、江川さんの名言について、最高裁が否定したことにはならない。論理的に言って、ないものはないのであり、そこからあるということはないので、当然でもある。

 前記名言について、おそらく、江川さんは、「言論が著しく制約された裁判官に、真の言論の自由についての裁判はできない」と言ったものだと理解したい。なぜなら、言論が著しく制約されていれば、言論の自由がないのも同然だから。

 やはり、裁判官一個人としての表現の自由制限は、必要最小限度であるべきで、それこそが、裁判官にも表現の自由があるということではなかろうか。

 思うに、今回の戒告処分は、ジャーナリストは言わずもがな、一般人に対しても、表現の自由活動に関し、なにがしかの悪影響を及ぼしかねない懸念が持たれるものと言えよう。

https://biz-journal.jp/2018/10/post_25218.html

 

3 人生を無駄にする3つの警句出口治明立命館アジア太平洋大学長の言葉)

「❶すんだことをぐちる」「❷人をうらやましく思う」「❸人にほめて欲しいと思う」

 日本生命保険の社長と意見対立して、左遷人事に遭うも、これにめげず、ライフネット生命保険を立ち上げて軌道に乗せた「出口治明」さんの、人生教訓から導かれた名言。

 特に、ビジネス界では、人間どうしても上記3つの思いを持ち、愚痴りたくなるものだ。しかし、出口さんは、これらを人生を無駄にする警句と断じている。ご苦労なさった経験から体得したことから、まさにそのとおりと言えようか。

 昨今、左遷は言わずもがな、それより酷いリストラが当たり前に行われている世の中にあって、出口さんの名言からは、幾多の困難にもめげず前向きに生きることへの教えのようなものを感じる。

meに関して言えば、❷はよく思ったことはあったが、❶はそれほどでもなく、❸は過去も今も、あまりそう思ったことはない。

 https://twitter.com/f3eOrVMXRo0zZgC/status/1039712430996090883

 

 以上、名言3選を挙げたが、上記はともかく、は、なぜ公益に資する名言と言えるのだろうか?

 これらのことを思うに、

 上記については、人権侵害の有無を判断する裁判体の在り方に問題があれば、延いては、事実上の言論統制がまかり通り、民主主義の基盤が揺らぎかねない懸念を生じさせる。

 それ故、民主主義に影響を及ぼしかねないという観点から、公益に資する名言と言えようか。

 上記については、今後、日本社会は左遷のみに止まらずリストラ化を加速させ、それが当たり前になることが予想される中、前向きな生き方をし、人生を無駄にしてはならない警句として、多くのビジネスマンの座右の銘にもなり得る。

 それ故、社会に後ろ向きになってはならないという観点から、公益に資すると言えようか。