諦観ブログ日記

ー Que Será, Será(ケセラセラ)ー

ひぇ~!冬時期の電気代が高い~!

 今朝は非常に寒かった。昼過ぎ頃からは晴れ間が出て、車のフロントガラスの霜も溶け、少しだけ寒さが緩んだ。郵便ポストを見ると、電気料金請求書が投げ入れられていた。

 1月分の電気料金は2万円を有に超えていた。一昨年と同様な様相である。昨年は1万円台半ば過ぎまでだっただけに、家計負担の重みが身に染みて痛い。一作年と同様だと、来月はもっと電気代が嵩むはず。

 電気料金が高いので、電気料金のプラン変更を電力会社に問い合わせたことがあった。しかし、現行のプラン(電化住宅割引適用)が最適だとのことだった。

 それにしても、冬時期は春・秋時期に比べ、約2倍もの電気代がかかる。昨年は特に、通して2万円を超えることもなく、また、1万円を割った月もあったので、電気代のことを気にすることもなかった。

 今回、それらの落差を思い知らされて、一層の負担感を身に染みさせられている。

 そこで、改めて料金請求書の内訳を、まじまじと見て、気になる箇所があった。項目の下の方にある「再エネ発電賦課金」である。これは、「再生可能エネルギー発電促進賦課金」の略称とのこと。

 この賦課金が馬鹿にならず、2,000円を超えていた。調べると、1kwhにつき2.64円で、昨年度より値上がりになったとのことだった。

 おかしなもので、この制度発足当時は、❶化石燃料を使用せず環境に良い、❷自宅で太陽光発電パネルを設置すれば、自宅の電力使用量も賄われ、また売電にもなる、❸太陽光発電事業が創出され、地域の経済活性化にも役立つ、等ばかりプラスの面のみが強調された。

 その反対のマイナス面である、庶民等がその負担を肩代わりする議論は、ほとんど人口に膾炙していない。知る人ぞ知ると言った具合である。消費税も馬鹿にならないぐらいなのに、10%値上げ問題を含めて、今後家計に負担が重くのしかかる。

 この昨今、アパートや新築戸建て住宅には、多く太陽光パネルが設置されているのを、通りがかりによく目にする。

 本来なら、従来のように化石燃料を多く使わずに済み、環境も良くなって喜ばしいことではある。しかし、良い環境に資する目的のみでパネル設置をする人が、どれほどいるだろうか。世界の潮流である二酸化炭素排出ガス規制に少しでも貢献するように考えて設置する人が、どれほどいるだろうか。

 おそらく、自宅の太陽光発電については、電気代の節約か売電目的がほとんどすべてであろう。太陽光発電事業者も、しきりにそのことを殺し文句にしてパネル販売をしている。

 アパートオーナー等の事業者は、明らかに売電収入(金儲け)のみを目的にしている。

 それはそれとして仕方のない面もあろう。

 それにしても、太陽光パネルを自宅に設置していない庶民にとって、少しでも負担を軽くしてもらうには、売電価格を低く設定(この点、現在は、多少改善されている)してもらうことしかないのだろうか。

 菅内閣が、制度発足当初、あまりにも高い売電価格を長期(10年間)に設定したのが、今日に至る庶民の窮状の遠因でもあろう。

 庶民の政党としての錯覚をもたらした民主党政権が崩壊した理由の一端を、この小さなことからでも垣間見ることができる。戦術で選挙に負けたと当時の民主党の幹部は総括したとのことだが、事の本質が分かっていなかったのではないのか。早晩の政権崩壊は自明の理だったと言えようか。

  その後遺症は、現在に至るまでも続いている。