諦観ブログ日記

ー Que Será, Será(ケセラセラ)ー

憲法学を専攻した「ある九州大学研究者の非業の死」について

 昨日は曇り、風が強かった。今日は晴れ。春の陽気のよう!

 

 はじめに 

 

  昨年12月、NHKが取り上げた、事件の涙「そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死~」が、話題となった。

NHKドキュメンタリー - 事件の涙「そして、研究棟の一室で~九州大学 ある研究者の死~」

 非常に考えさせられる「ドキュメンタリー番組」だったので、NHK報道番組部にネットで、再放送を要望していた。

 その後再放送がなされたかどうかは不明も、3月10日、偶然にも、NHKのWeb特集で「九州大学 ある研究者の死を追って」という記事が掲載されているのを見つけた。

 WEB特集 九州大学 ある“研究者”の死を追って | NHKニュース

 

 この件に関しては、昨年9月、「みわよしこ」さんや「榎木英介」さんが、論評記事を書いていた。

 前者は、研究者の生い立ち等の具体的経緯、そして生活保護に何故頼らなかったのか?を、後者は、研究者への道を諦め、何故方向転換しなかったのか(ソフトランディング)?を、それぞれ歯がゆい思いで、論調鋭く記していた。

 

 みわさんは、出身が福岡であることや生活保護関係に非常に関心をもっておられる立場から、又、榎木さんは、かって似たような境遇にいた自己の身につまされる思いから、それぞれ執筆されたようである。

貧困に殺された九大オーバードクターはなぜ生活保護に頼らなかったか | 生活保護のリアル~私たちの明日は? みわよしこ | ダイヤモンド・オンライン

九大「オーバードクター」の死にみる「夢のソフトランディング」の重要性(榎木英介) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

 事件が起こった昨年9月7日、当初は単なる九州大学研究室の爆発事故だと思われていた。その場所は理学部でなく、法学部とのこと。通常そこには、爆発の原因になるようなものはない筈なのにと、誰もが思っていたのでないだろうか?

 

 そうこうしている内、西日本新聞が、犯人は法学研究院の元九州大学院生だったと報じて、何故?と、にわかに全国的な話題になった。

 

 その後、朝日新聞等の大手マスコミ紙が報じるも、NHKがドキュメンタリー番組「事件の涙」で取上げることによって、全国的に話題が蔓延し、沸騰した。

 「過去の我が身だったかも?」とか「明日は我が身」とか言った、同じような境遇にあった又は現在の、研究者等から悲痛な叫びとも取れる声が聞かれた。

九大箱崎キャンパス火災 元院生の男性 放火し自殺か 身元判明、福岡東署|【西日本新聞】

 

 これまでも話題に上ることがあったものの途絶え気味になっていた、日の目を見ないオーバードクターポスドクや非常勤講師問題。

 しかも、焼死した元九州大学院生(以下、「マスターK」という。)が恵まれない生い立ちの特異な苦学生であったことも拍車を掛け、猶更、世間の耳目を引いた。

 勿論、私も関心を持った一人である。そして、記事が出る度、幾度とTweet投稿したことか!

 

 そこで、この点につき、ある視点から、何時かブログ記事を書きたいと思っていた。

 

 以下、マスターKが専攻し、学者(正規職)を目指した憲法学の性格上との絡みの視点から、彼の人物像を推し量り、なぜ非業の死を遂げなければならなかったのか?について、自分勝手に、かつできる限り簡略に推察して行きたいと思う。

 

 マスターKの非業の死への選択を解き明かすのは、書けば切りのない、一冊の本にもなるぐらいの永遠のテーマではあるが・・・。

 故人に口なし。真実は神のみぞ知る。しかし、敢えて挑戦して見たいと思う。

 その簡略な推察は間違っているかも知れない。しかし、個人的な一つの見方である。

 何卒ご容赦を!

 

マスターKの略歴

 

 マスターKは、自衛隊(少年工科学校卒業)を辞めた後、苦学して21歳で九州大学経済学部に入学(後に、法学部に転入)した。

 26歳で憲法学専攻の修士(ドイツ語が秀逸だったとのこと)。

 その後博士課程に進んだものの、博士論文を提出せず、2010年(38歳)退学。

(思うに、九州大学合格後しばらくの間が、彼にとって一番幸せな時代だったように思われる。)

研究室で焼死の元九大院生 中退後も…夜間働き通い続け:朝日新聞デジタル

 

 

マスターKの憲法学専攻について

 

 マスターKが、憲法学を専攻した理由について、彼の先輩であった鈴木康博教授の話によると、「法の下の平等」(憲法14条)に関する研究をしているということである。

 そこで、彼の略歴等に鑑み、憲法と他の法律との差異から、彼が憲法学を専攻した理由について考えて行きたい。

 

 憲法とは、「権力に歯止めをかけて、これを制限して国民の人権を守る国家の最高法規」(憲法98条)を言い、これを研究する学問が憲法学である。

 これに対して、法律は、「国家による強制力を持った社会規範」を言い、国民の権利や自由を制限する側面を有している。

 

 マスターKは、みわよしこさんの記事等によると、❶「自衛隊に入隊していたこと」❷「自衛隊時代に理不尽な虐めにあっていたということ」が述べられており、それらから、私法よりは公法を、そして公法の中でも、とりわけ「国の最高法規である憲法」に関心を抱いていたとしても不思議ではないだろう。

 

 一般的に、法律専攻分野で、経済的利益を優先しがちに考える者は、私法を、とりわけ会社法を選択する傾向が見られるように思われようか?他方、公共性・公益性重視を考える者は、公法を選択しがちであろう。

 

 ところで、最近、国会答弁において、「法の支配」の対義語は何かと質問され、これに対し、安倍首相が答えられなかったとして、ちょっとした話題になったことがある。

 

 その対義語は「人の支配」(専断的国家権力による支配)である。政治権力者が法を無視した自己の思い通りのことをすることへの揶揄した質問であろうか?

 一方、答弁者にとっては、灯台下暗しの感もあったであろう?

(それはそうでしょう!権力者にとって、法の支配(憲法)は、目の上の「たんこぶ」にも等しい目障りな存在の法の原理だから)

安倍首相また国会で赤っ恥「法の支配」の対義語を知らず|ニフティニュース

 この場合の法とは、とりもなおさず国家の根本法であり、又、国家の基本法である憲法のことを指す。

 

 マスターKが「法の下の平等」を研究対象にしていたことは、とりもなおさず、彼の人物像に、人権を深く重んじていたことへの証左が窺い知れよう。

 彼には、「人の支配」(専断的国家権力による支配)に対する嫌悪感があったと思いたい。

 人権規定は、最高法規である憲法の大黒柱。統治機構規定は人権に奉仕するためにある道具である。とりわけ、人権規定の中でも、法の平等規定は、自由規定と並ぶ最高価値を有している。

 

 憲法は、抽象的であるという難点はあるものの、社会正義を直截に具現化する法。

 基本六法中、法律とは比べものにならない程のわずか103条しかない条文規定数。それでいて、憲法は、奥が深く法律よりも難解と言われている。

 マスターKは、生い立ちや自衛隊の少年時代の環境から推察するに、上記のような法的性格を有する憲法の研究に憧れたのではないだろうか?

 くどくなるが、彼は、社会正義への実現のために少しでも役に立ちたいと・・・。

 

 以上のことは、次の言葉からも分かる。

 上記先輩は、彼のことを、「この社会で何が問題なのか、なぜ不平等が起こっているのか、それを変えていくためにどうしたら良いのか。日本の憲法学の何かに貢献できればという大志を抱いていたんでしょうね」(NHK記事)と述べている。

 さらに、社会貢献のことにも言及していたとのことである。

 

 

マスターKの就職について

 

 マスターKの大学学士・修士時代の具体的な生活状況については、上記記事からは窺い知れない。おそらく、困窮した生活状況下にあったことは間違いなさそう。

 そうすると、アルバイト主体の生活で、良好な勉強環境ではなかったであろう?

 そして、その中にあって、ドイツ語の勉強にかなり手間暇とられたような気がする。

 

 上記記事によれば、学者を諦めて他に就職した同期の院生もいたとのこと!

 公務員になるには年齢制限が29歳なので、少なくとも博士課程に進んだ時点では、年齢制限に引っ掛かった可能性がある。修士課程修了間無しが、ぎりぎりだったのではないだろうか。

 

 当時就職氷河期の時代であったものの、民間就職は眼中になかったと思われる。

 又、学者を諦めて公務員になる選択についても、ほとんど考えていなかったのではないだろうか?博士課程では、アルバイトとしての非常勤講師もあったであろう。いずれにしても、そのあたりのマスターKの生活状況が、マスコミ取材からは不分明である。

 

 指導教授のドイツ語訳を手伝ったという話もあるが、それがどの時代なのかは分からない。

 さらに、マスターKが大学教員試験を受けたのかさえも記事にない。しかし、当然、修士修了時や博士課程在学中に受けた可能性は高い。博士課程退学後も、大学教員への挑戦の記事もあるぐらいだから。

 

 博士号を取得しなくても、博士課程満期修了で大学教員になった者はたくさんいる。

 満期修了しない途中退学者は、博士号取得者や博士課程満期修了者に比べ、大学教員への就職に不利なのであろうか?

(大学教員の経歴紹介一覧を見ると、「博士課程満期修了」という経歴の大学教員が何と多いことか!本当は、修士号しか取得していないのに!博士課程に進んだという箔を強調したいがためなのだろうか?)

 

 いずれにせよ、在学中の論文の数や質が重要と思われるが・・・。さらに、学閥等の人脈もあるようにも?最近流行りの、面接による人物評価も!

 ひょとすると、非公式に年齢制限があったのかも知れない。年齢制限があるなら、マスターKの学者への道は閉ざされていたことになる。本人が知らないだけで・・・?

 

 マスコミ記事は、どうも退学後のマスターKの足取りばかり追っているようである。特に、放火事件前の直近のことばかり。

 

 それにしても、マスターKは大学院退学後8年間、何をして過ごし、そして将来に向けた大学教員になる戦略を、どのように練っていたのであろうか?

 後半は特に、非常勤講師、宅配便等肉体労働のアルバイト生活に四苦八苦していたことがマスコミ報道から窺える。しかし、前半の状況が不明なのである。

 そして、46歳の放火事件前は、完全に生活が破綻していた模様である。

 

 

憲法枠の大学教員採用

 

 難関国立大学修士・博士課程を修了しても、大学教員に採用されることが困難な時代であったことは間違いなさそう。大学院重点化政策による修士・博士の急増により、大学の正規教員に採用されないポスドク問題が吹き荒れた時代である。

 

 大学正規教員ポストが非常に不足しているのである。とりわけ、会社法専攻分野に比べて、憲法分野のポストが少なかったのではないだろうか?

 今回、マスターKの先輩・大学教授が、彼のことをいくらか話をしていた。その大学教授によれば、研究者になった人も、諦めて余所の分野に就職した人もいたとのことである。

 まさに、弱肉強食。現在もその尾を引いている。

 だからこそ、今回の事件の全国的な反響が大きいのだ!

 

 

マスターKの「八方ふさがり」

 

 非常勤講師職の一つがなくなり生活苦が甚だしい。又、体重が10キロ以上痩せた等のメールがあったとのこと(上記西日本新聞記事紹介の「仲間へ送った数々の窮状下での悲痛な内容」)。

 過酷な肉体労働のためか、整骨院に通っていたこと。整骨院に靴をプレゼントしたこと。

 ラーメン屋でラーメンを、週に一度は食べていたこと。

 そして、事件前夜はラーメン屋でのマスターKの様子がおかしかったこと。

等々を、NHKが取材し、報じていた。

(NHKはラーメン屋での取材に少し拘っているように思えた。メール仲間の取材に本腰を入れれば、もっとマスターKの人物像が浮かび上がって来たのではないだろうか?)

 

 大学研究室の退去期限が迫っていた。精神的、肉体的、経済的にボロボロの状態の中で、唯一の安息場所であった研究室を退くことは、これまで追い求め続けて来た研究という命にも等しい支えが水泡と帰してしまうようだったのかも知れない。

 さらに、研究室を爆破すると言う行為は、もしかすると自衛隊時代に培った知恵が呼び覚まされたものなのかも知れない。加えて、アパートを引き払い、住む家もなかったのであろう?

  

 研究室の爆破は、これまで希求し続けて来た、研究という命にも匹敵する魂の崩壊を意味していたように思われる。

 「研究=命」の図式が想定される。

 

 今まで、何のために、苦労し、一生懸命頑張って必死に生きて来たのだろう?

 私としては、報われない苦労があって良いのだろうか?と反論したい。

 そんな残酷なマスターKの非業の死であった。

 

 

非業の死を回避する手立て

 

 心身ともボロボロの状態は、一種の鬱状態でなかったかと推測されよう?

 そしてそれが進行して、自殺願望に変った可能性もあろうか?

 研究室退去は、自殺への直接の引き金と言えそう。

 

 本当は、ずっとそれ以前に、榎木英介さん提言の「ソフトランディング」ができなかったのかが悔やまれる。しかし、経済的余裕の有りや無しの問題が障壁となりそう。

 でも、難しくてもやればできた筈。心身ともボロボロの状態になってからでは既に遅い。そうなっては、心療内科等の病院で診察を受けるしかないよう?

 お金がいる・・・。

 

 700万円を超える奨学金負債等を含めた生活苦の重圧で、経済的破綻していた点について、「自己破産」により生活再建のためのリセットをする必要があっただろう。しかし、弁護士に相談するのも困難か?特に心身共、ボロボロの状態下では、一人では無理。誰かの助けが不可欠であったろう。

 

 みわよしこさん提言の生活保護申請について、プライドが邪魔した可能性もあろうか?

 社会正義実現に関わる研究をしているマスターKとして、大いなる抵抗と屈辱があるように思われる。

(本当は、そんな屈辱なんかかなぐり捨てた方が良かったのに!)

 

 又、一歩退いて、市役所に生活保護申請の相談をしたとしても、一人では困難だった可能性がある。これもやはり、誰かの助けが必要でなかっただろうか。市役所自体が、生活保護申請防止水際作戦を引いているような昨今の状況の下では・・・。

 「若いのだから働け」とか等、の難癖をつけることは目に見えていそう?

(本当は、働けど働けど、ニッチモサッチモ行かない状態なのに、市役所の係員はそんな事情もお構い無しに、自助努力不足を指摘し、強調するだろう?)

 

 結局は、真に悩みを打ち明けられ、寄り添い、共に支え合える仲間の助けがなかったことが、今回の悲劇を招いた最大要因に思えてならない。

 メール仲間だけでは足りない。人間は所詮一人では弱い存在であるから。

 

 

大学側の管理責任

 

 学籍のない元院生の研究室立ち入りを、大学側は何故許していたのか?

 研究室の鍵の返戻による管理が疎かであったことが考えられる。既に、マスターKはポスドクでなかった筈。ところが、大学側は、マスターKがポスドクであったとの認識のようであったらしい。

 

 ポスドクの位置づけが今一不明であるも、ポスドクなら、大学の慣行上研究室の出入りを容認していたのであろう。

 黙認することで、ポスドク等に一定の就職への配慮をしていたのだろうか?

 今後は、ポスドクの位置づけが検討課題になろうか?

 今回、特に、大学移転後に起こった取り壊し予定の研究棟であったことも、災いしたこともあろう。

 

 

おわりに

 

 マスターKは、生前に、「学力や能力があっても、それ以上先に進もうと思った時には、すべて経済的な力が必要になるので、能力を生かしきることは難しい」(NHK記事)と嘆息していたとのことである。

 今回の悲劇は、金のなさという不遇(貧困)が大きな要因の一つになろう。

 しかし、翻って考えるに、別の生きる糧である職業への選択肢がなかったかとも思える。何故、憲法研究に執着し、自滅への道へ突き進んだのかが分からない。

 確かに、それへの見切り時は難しいものの・・・。

 

 就職氷河期のロスジェネ世代という、周囲の就職環境悪化というハンディがあったとはいえ、少年時代を苦労し、頑張って難関国立大学まで入学しているので、地頭は良い筈。なのに、大学入学後は、それを活かし切れなかったことが、何とも歯がゆい。

 

 有能な力の発揮は、生き抜いてこその、ものだねだから・・・。

 小林幸子が歌った、次の「茨の木」さだまさし作詞・作曲)の歌詞のように、

 生きて、生きて、生きて欲しかったもの! 

小林幸子 茨の木 - YouTube

 

 それにしても、昨今、日本社会は急激にアメリカナイズ化されている反面、昔のままの八方ふさがりになるような障壁を、除去するような政策は何ら取られていない。

 生半可なのである。

 大学院重点化政策は良いにしても、それがもたらす負の側面の対策が全くなっていない。

 法科大学院設置についても然り!こちらは、大失敗と言われているが・・・。

 まさに、小泉政権以降、セイフティネットへの手当がなされないまま、いたずらに新自由主義政策を実行して、人を蔑ろにして来たつけが、その後、社会問題として噴出しているように思える。

 改めるべき!

 

(追記1)

 4月15日、晴れ。

 非業の死を遂げた元九大研究者の地位とも関連する、ある女性研究者の自死の記事を見つけた。末尾リンク記事がそうであるが、それを、要約すると次のようになろうか?

 東北大学出身の女性研究者・西村玲(りょう)さんの自死について、非常に優秀だったにもかかわらず、大学教員採用試験に落ち続け、これを悲観して自殺したという論調の「ワープア博士の非業の死」報道(朝日新聞)のみがクローズアップされていた。

 本記事では、それだけでなく、精神疾患を隠されて結婚した夫(休職中の医師)からの暴力で、彼女自身も精神的に病み、それらが相乗効果となって自死したのではないかと、同報道内容の在り方に対して、疑問を呈している。

 しかし、そうであったとしても、人文系の博士号取得者で進学も就職もできなかった人が3割近く、進路「不詳・死亡」とされた人も2割弱の悲惨なデータもあり、加えて、非業の死を遂げた元九大院生のように、博士号を取らずに大学院を離れた人の進路は、より厳しいだろうと述べている。

 如何にあれ、非常勤講師になれても「5年」で雇止めが多く、又、助教等のポストに就くことができても多くは任期制で、常勤研究者への道は厳しいとのよう。特に、「コミュ障」等不器用なタイプの人は「詰み」やすいと言う。

 進路ケースとしては、❶「博士課程単位取得」の後に「ビルの清掃作業員」になったり、さらに、❷「雇止め」後に「大型スーパーのガードマン」になっているオーバードクターがいる、と紹介している。

 本記事の筆者は、せっかく身に着けた人文系知識につき、他の何かに役に立つはずと考えている。しかし、現在の日本では、「役に立たない学問」を研究する行為が、人生を棒に振ることと同義になっていないか?を危惧している。

「家族と安定がほしい」心を病み、女性研究者は力尽きた:朝日新聞デジタル

文系の博士課程「進むと破滅」 ある女性研究者の自死:朝日新聞デジタル

高学歴ワーキングプア女性を自死から救えなかった社会保障制度の限界(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース

「役に立たない学問」を学んでしまった人文系“ワープア博士”を救うには……?- 記事詳細|Infoseekニュース

 

  以上を読んで、次のように感じたもの。

 ❶自殺に至る契機について、常勤の大学教員に就く目的を達成できない絶望感を味わいながら、何とか頑張って来たものの、元九大研究者は、生活貧窮の上に研究室を退去せざるを得ず、又、女性研究者は、離婚による「精神的やまい」の二重苦が重なった上での、ことのように思われる。

 ❷学者志望者は、元来性格的に妥協を許さない人が多いように思われる。だからこそ、学問的真理の追及には打ってつけであろう。しかし、現在、昔と異なり、世渡り上手の得意な人しか学者になれないのだろうか?無骨な人間に対する社会的許容度が減退したと言うのであろうか?それは、ある意味、「学問的真理への追究」が多少疎かに扱われているとも言えよう。そういう社会なのだろうか?

 ❸例え、研究者への道が遮断されたとしても、自殺は絶対あってはならないことである。これまで、何のために一生懸命研究に励んで来たのかが分からない。清掃作業員になろうが、ガードマンになろうが、生きていれば、その中で、今まで身に着けた知識を生かす別の道を模索することもできよう。

 それにしても、よくよく考えて見ると、オーバードクターの過剰な大増員は、すべてがすべて、大学の常勤教員になることを想定していない。

 ❹政府の大学人文系学科軽視は、今後共、ますます増大することが予想される。そうすると、どこかで踏ん切りをつけて、別の道に進路変更することがベターか。公務員受験資格年齢制限の29歳までに苦渋の決断をすべき時が来るように思える。

 他方、国や自治体側も、受験資格の年齢制限を大幅に引き上げる方策等を講じるべきであろう。

 

(追記2)

 4月18日、晴れ。

 「40代研究者の死について」の記事

 悲劇の死を遂げた「九州大学研究者」と同じ「就職氷河期世代」に属し、同じ年(1972年生まれ)の可能性が高いと!

40代研究者の死に涙した心優しい人たちへ(榎木英介) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

(追記3)

 令和元年5月15日、晴れ。

 40代(ロスジェネ世代)、貧困ポスドクの悲哀

 大学で教える3人に1人は非常勤講師。非常勤になるのも容易くなく、なっても、賃金は時給以下で、突然クビ宣告も!

40代、貧困ポスドクの悲哀 時給バイト以下、突然クビ:朝日新聞デジタル

 

(追記4)

 9月14日、曇り。

 「ポスドクの悲劇、博士でも月収10万円のワケ」

 「ポスドクの不法占拠」(ポスドクの居座り)?という言葉について、大学側も、慣例上とはいえ、ポスドクが大学教員等のポストが空くまでの間、居座ることを黙認していた(非公式な教員養成のしくみ)はずであるから、不法占拠ということにならないのでないか。

 2015年時点、ポスドクの人数は約1万6000人。多くのポスドクは私立大学や専門学校の非常勤講師で、月収平均約10万円あまり。年収200万円でも生活できるというポスドクもいる。

 いずれにしても、ポスドクは、1990年代の国策「大学院重点化政策」の犠牲者でもあろう。博士号取得者一人を育てるのに、1憶円の国費投入という多額の人的投資の割には、その額は回収されず、社会にとって悲劇である。

 そして、その国策を遂行した政治家や官僚らは責任を取ろうとはしない。

 おかしな国であろうか。

博士でも月収10万円のワケ(九州朝日放送) - Yahoo!ニュース