諦観ブログ日記

ー Que Será, Será(ケセラセラ)ー

昔話。豚(トン)太郎と「狐子(コンコ)女史」との投資話の後に、待ち受けた悪夢(パロディ風)

 昨日は、終日小雨。今日は、雨時々曇り、午後から晴れと天候不順である。寒さは、それ程感じられない。

 

 

 

昔話(パロディ風)

 

 今回、時は、江戸時代後半。西国の小藩「狐狸(コリ)藩」城下において、とある田舎での百姓「豚太郎」と、金貸し「狐子女史」との間で起こった昔話を取り上げたい。  実話であるような?、ないような?パロデイ風物語である。

 それは・・・?

 

時代背景

 

 1784年(天明4年)、徳川10代将軍・家治の治世下、老中・田沼意次(おきつぐ)は、将軍の厚い信頼を得て江戸幕府の実権を握っていた。

 いわゆる「田沼政治」の絶頂期の頃の話。

 その前年(天明3年)には、浅間山大噴火による大災害があったばかりである。

 「田沼政治」は、重商主義政策を掲げて、商業振興策をとっていた。いわゆる、今日で言うところの「田沼ノミクス」である。

 例えば、同業者組合である株仲間を奨励し、商人に専売制等の特権を与え保護したこと等である。

 

 「田沼政治」は、当然、西国・片田舎の小藩「狐狸藩」にもその影響を及ぼしていた。

 これを受け、藩主「狐狸化ケ之守(コリ・バケノカミ)」は、城下内に、これまでの農業重視政策から、商業重視政策転換への大号令を掛けていた。

 

狐狸藩内の風景

 

 狐狸藩城下は、山間部の狭い盆地にあり、城の周囲には家臣の住む武家屋敷が立ち並んでいた。そして、その周辺に金貸し等の商人や大工等の職人が住む民家があり、そこから少し離れたところが田んぼになっていた。

 勿論、川も流れている。そこに、豚太郎ら百姓が住んでいた。

 

 その地域は、比較的温暖で、災害は少ないものの、雨が少なく、いたるところに池があった。

 昨年は、異常気象で農作物の生育が心配されたが、百姓らは、何とか無事であったことにほっとしたものだった。

 豚太郎ら百姓は、豊かとは言えないものの、食うには困らない程度の暮らしをしていた。

 

貸金会所(金融機関)

 

 3月4日、豚太郎は、「狐子女史」のいる「貸金会所」に出向いた。

 というのも、3月1日に、突然、「狐子女史」から「話がある。」との連絡を受けたからである。

 「貸金会所」は、豚太郎の家から、歩いて15分くらいのところにあった。

 豚太郎は、わずかな金を、「狐子女史」に預け、そこから得られる、微々たる利息でもって、農業用資材等を購入する足しにしていた。

 

「狐子女史」の登場

 

 豚太郎は、何の事だろうといぶかしげに思いつつ、「集会会所」に着いて見ると、そこには、大勢の人々がいた。

 会所内に入ると、衝立のある小さな場所に案内され、しばらくしてから、「狐子女史」が現れた。小綺麗な可愛い感じの女の人であった。

   初めてお目にかかった。年齢は、三十(みそじ)を有に超えているぐらいか?

 豚太郎は目線が少し低くなった。

 

 確かに、この江戸時代は、「士農工商」という身分制度があり、百姓は商人より身分が上である。しかし、実際は違っていた。百姓にとって、商人は「旦那さま」扱い同然であった。

 彼女はおもむろに、微々たる利息以上の、もっと多額の利息が貰える金融商品があると言い出した。

 多分、「田沼ノミクス」による「超低金利政策」に対処するための、金融商品の提案であったのだろう?

 

金融商品の内容 

 

 その金融商品とは、3年間預け、金利が株価に連動して利息が多くもらえたり、株価の低下次第では、元本が65パーセント減額されるというものであった。しかも、申込期間が10日間という限定品だった。

  また、他藩が発行する金融商品も紹介された。その利息は大変良かったが、リスクもかなり大きいもので、他藩の財政状況の動向に大きく左右されるものであった。

 

 まさか、リスク商品の勧誘だったとは?

 ・・・・豚太郎は、急な話なので、しばし困惑し、又、驚きもした。

 

豚太郎と「狐子女史」との会話

 

1 豚太郎(以下、「🐷」を指す。)

 最近、「田沼様」のおかげで、株価も上がり、働き口も良くなって、景気が良いと聞いていますんですが、我ら百姓には、実感がありません。

 株価の上昇は本物なんでしょうか?

2「狐子女史」(以下、「😽😾」を指す。)

 株価は上昇してるよ!これを見て、ごらん!

(ここで、😽は、いつの間に、取り出した図表を、🐷に示す。)

3 🐷

 確かに、株価は上昇していますね!でも、今日見た一部の瓦版には、株価の上昇に疑問も!との記事を見たんですが・・・。

 また、巷では、「田沼様」は裏技を使って、株価を意図的に上昇させているとの噂話も聞きますが、どうなんでしょうか?

4 😽

 さあ~ね?でも、働き口が多いと言うことは、景気が良いということなんじゃないの!

 (そして、語気強く)

 お上が、景気良いと言っているのなら、そうなんでしょう!

5 🐷

 景気が良いと言うのだったら、「狐子」様の「貸金会所」も、その景気の恩恵に浴し、潤っているのじゃありませんでしょうか?

 昔のバブル景気の頃は、「貸金会所」で働いていらっしゃる方々は、相当なお給金をいただき「ウハウハ」だったとか、聞いたことがありますが・・・。

6 😾

 今は、(田沼様の)超低金利政策で・・・

(ここで、言葉が詰まり、怒ったような顔付きに変る)

7 🐷

 では、ご提案の金融商品の資料をいただけませんでしょうか?

 資料を拝見・検討して見ないと判断ができませんので・・・

8 😽

 資料が欲しいのなら、名前、生年月日、家族状況、職業、年収等を書いてよね!

 (ここで、😽は、振袖の中からパッと、記帳冊子を出して、これを🐷に示し、記入を促す。)

9 🐷

 (🐷が、名前は豚太郎、職業は百姓等を記帳した後、😽は、資料をチラ見させる。)

 今一、株価の上昇に疑問があるのですが、検討させてくださいませんでしょうか?

 それにしても、来年、清の皇帝(乾隆帝)や李氏朝鮮王(イ・サン/正祖)、そして各藩主がご出席した「大江戸花火大会」が、隅田川で開催されると聞いています。

 噂では、「緑の狸公(タヌコウ)」様の主催になるかも知れないと聞いていますが・・・

 株価の上昇は、その時までなのではないでしょうか?

10 😾

 「緑の狸公」様は、あたしらの殿様の遠縁であられるから、主催者になったら良いのにねぇ~!でも、江戸城中では色々問題もお有のようで、どうなることやら!

 お江戸雀が何だか大騒ぎをしているとかのようよ・・・。

(途中すぐ様、話題にきびすを返し、怒った様子になる)

 ・・・そんこと、どうでもいいでしょ!さっさと、名前を書いて投資をしなさい!  でないと、どうなっても知らんよ!

11 🐷

 それは、無茶苦茶がな・・・!

12 😾

 (語気強く)

 何が無茶苦茶よ!百姓の分際で、何をごちゃごちゃ言うのよ!

13 🐷

 (負けずに)

 身分制度では、農民の方が、商人より階級が上の筈なんですが・・・。

14 😾

 何を言う、無礼者!この呑百姓ごときが、何よ・・・!

(ここで、圧倒された🐷は、恐れをなして、「貸金会所」を早々に退散した。)

 

「貸金会所」(金融機関)の外で突然

 

 豚太郎は、帰る途中、半分憤りを抱きつつも、半分不安がちに、ふと空を見上げた。

 空はうっとうしい曇り模様。今にも雨が降り出しそうだった。

 ・・・すると、突然、後ろから、「待てい!」との野太い声が聞こえた。

 後ろを振り向くと、「狐狸化ケ之守」の家臣らであった。

 

 4,5人はいただろうか?槍を持った物々しい恰好であった。

 豚太郎は、家臣に「田沼様の政策に異を唱えるとは何事ぞ!身分を弁えろ!」と恫喝され、捕らえられた。そして連行され、有無を言わせず、城内の牢屋に放り込まれた。

 そこは、石牢であった。

 

 豚太郎は、「狐子女史」に対し、当り前の疑問を投げかけたことなのに、それがどういう訳か、藩の家臣に伝わり、そして、どうしてこのような憂き目に遭わないといけないのか?と、何度も自問自答した。

 なぜ?、なぜ?と!

 薄暗い石牢の中で、小一時間、過ぎただろうか!

 

想ひ出

 

 豚太郎は、ふと、今は、亡き許嫁(いいなづけ)「豚(トン)子🐽」のことに想いを馳せていた。

 チェリーのような唇と、つぶらな瞳であった。

 

 ある日、日照り続きの凶作のため、食うに食えない状態で生活に困っていた。

 そのため、薬を売りに、はるばる江戸まで行商に出かけたことがあった。

 東海道を通って、何日も歩き続けた。野宿もした。山道で狼に出くわした時は死ぬかと思った。又、ある時は、山賊にも出会いそうになった。

 さらに、難所である箱根越えは、特に苦労の連続であった。

 

 行商を終えて故郷へ帰って来た時、「豚(トン)子🐽」は、父母と一緒に出迎えてくれた。田んぼの畦道を今にも転ばんばかりに、嬉しそうに走って駆け寄ってくれた。

 

 あの、快活で健気な姿が、今でも、心に焼き付き忘れられないでいる。

   その中、どこからか、次のような調べが、微かに聴こえて来たような気がした。

Tom Jones Green Green Grass Of Home with lyrics) - YouTube

 

  豚太郎は、涙ぐんだ。

 

 翌日、豚太郎は、縛られた状態で、城外にある樫の木のそばの草っぱらに引っ立てられた。

 そして、問答無用に斬首された。

 

悪夢か

 

 ・・・豚太郎の額に、鳥の小便らしき水滴が落ちて来て、豚太郎は目が覚めた。

 半分朦朧としていた。

 そう言えば、野良仕事に疲れて、小高い丘の上で一服した時、いつの間にか眠っていたのだ。

 息苦しさが豚太郎を襲った!・・・あ~・・・夢だったのか?

 それにしても、恐ろしい夢を見たものだ!

 ・・・重ぐるしかった。

 そして、豚太郎は、頭がボーとした状態で、今にも雨が降り出しそうな薄曇りの空を見上げた。

 すると、南東方向にうっすらとした有明の月が見えたかのように思った。

 曇り空の中、初めて見る満月?

 ・・・いや、待てよ!あれはお日様じゃないのか?

 目がおかしくなったのかなぁ?おまけに、おかしなものさえ見えている!

 (写真)

f:id:grk1:20190307094340j:plain

 

田沼意次と藩主「狐狸化ケ之守」のその後

 

❶1784年(天明4年)、意次の息子・田沼意知(おきとも)が江戸城内で、佐野政言により暗殺されてから、田沼の権勢は衰え始めた。

 そして、1786年(天明6年)、意次の庇護者であった10代将軍・徳川家治が死去すると、老中を辞任させられた。

 さらに、降格、財産没収等にも遭い、苛烈な末路を辿ることになった。

 

❷他方、藩主「狐狸化ケ之守」は、田沼失脚後に老中となって「寛政の改革」を断行した「松平定信」に取り入り、狐狸藩城内に「倹約政策」を大々的に実行するよう大号令をかけた。

 しかし、やがて、城代家老狐狐之丞(コンコンノジョウ)」ら重臣の讒言(ざんげん)に遭い、蟄居閉門(ちっきょへいもん)の処分となった。

 なお、藩史「狐狸実紀」には、讒言の経緯・内容について何ら触れられていない。前後の事情を総合すると、何らかのお家騒動があったことが推認されよう? しかし、真相は不明。

 跡目は、息子の「狸狸化ケ之守(ポンポン・バケノカミ)」に引き継がれた。

 

(参考資料)

田沼意次は賄賂政治家というより優秀な経済人!? 現代になって評価の見直し進む - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)

【寛政の改革とは】簡単にわかりやすく解説!!目的や内容・結果・その後など | 日本史事典.com

3月に銀行員から「お時間を」は要注意! 金融庁が目を光らせる「外貨建て年金保険」の販売手法とは?(マネーの達人) - Yahoo!ニュース

(追記1)

 3月13日、晴れだが、強風が吹いている。 

headlines.yahoo.co.jp
blogos.com

(追記2)

 3月15日、快晴

「手数料」商売を始めた銀行の獲物は、富裕層の眠ったお金 預金では儲からない時代を生き残る(マネーの達人) - Yahoo!ニュース